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彼は、相変わらず雌猫達に囲まれていた。
だからどうという訳でもなく、いつも気まぐれに相手をして、気が向かなければ相手をしない。
傍らで、暇そうに雑草にちょっかいを出していたシラバブが僕に気づいて駆け寄った。
「ミスト!!」
「…やぁ」
「あそびにきたの?」
「まさか」
「じゃぁ、おさんぽ?」
「…さぁね」
小さな頭を一撫でして、近くの塀に腰掛けた。
呼んでもいないのに、シラバブはニコニコと僕の隣を陣取った。
「ミスト、ミスト。きょうは、おはな、ださないの?」
「…出さない」
「今日は、まほうはおやすみ?」
「…お休み」
「………」
「………」
「………むぅ。つまんないっ!」
頬を膨らませて、子猫は雌猫達の中へと走って行った。
…最初から、僕じゃなくて彼女達に構ってもらえばいいじゃないか。
タガーに夢中の雌猫達はその小さい姿に気付かなかったけれど、少し静観気味のカッサンドラが一番に気づいて、優しく微笑んだ。
そうして、回りの雌猫達も気付いて軽く尻尾で子猫をあしらった。


ソレを見たタガーはただ、穏やかに笑った。
穏やかに、笑ったんだ。奴は。


「―――――――――っ!!!!」
背中がゾクゾクとして尻尾が、僅かに膨らんだ。
なんて嫌な感じ。
危ない!あぶない!!アブナイ!!!
捻くれ者のアイツが、この状況であんな笑顔で笑うだなんて…!!!
気付けば、塀を飛び降り、雌猫達の中へ飛び込んだ!
「…ミスト?」
雌猫の尻尾にじゃれるシラバブの手を取って、数歩下がった。
手の裏が汗をかいていたし、背中の毛が逆立つ感覚は消えていない。
「あら、珍しいのね?ミストが遊びに来るなんて」
カッサンドラは、穏やかに微笑んだ。
「………っ」
別に、遊びに来たわけじゃない。そう言ってやりたかったけれど、喉の奥が張り付いたように声が出なかった。
「よぉ、ミストじゃないか」
だなんて、酷い笑顔で彼が言うから。
「………」
「珍しいな、こんな陽の高い時間に、ここに来るなんて。…どうかしたか?マジカル、ミスター?」
穏やかに微笑んだ顔の裏は、どんな意味?
捻くれ者の彼の頬笑みは、何を意味するの?
シラバブの手を握った右腕が、ブルリと震えた。
「………どうした?ミスタ…」
「その子連れて、何処かに散歩に行っておいでよ」
タガーの言葉を遮ってそう言ったのは、ボンバルリーナ。
しなやかな腕をタガーの首にかけて、妖艶に彼女は笑って
「子供は、お散歩にでもお行きよ」
と言った。
こちらを見つめるその目は、一つも笑ってなんかいなかったけれど。


その声に、弾かれるように走り出したのは僕の両脚。
シラバブが、
「あるくのが、はやいよ」とか「もっとゆっくり」
とか不満を述べたけれど、そんなことは聞いてられない。
「あとで、マジックを見せてあげるから!」
そう言えば、子猫は黙って僕の後ろを歩いた。




パチリ
音がすれば、右手から黄色い花が一輪。
 パチリ
音がすれば、左手から黄色い花がもう一輪。
パチパチパチ…!!!
黄色い子猫が、嬉しそうに拍手した。
「…楽しい?」
「うん、たのしい。ミストは、すごいね」
「…そうかな」
「うん!」

シラバブが僕の出した花で遊ぶのにも飽きた頃、マンカスがやって来た。
「やぁ」
そう笑って、彼はシラバブの頭を撫でて、僕の隣に腰掛けた。
「………」
「………」
静寂を破ったのはもちろん、空気の読めない幼い子猫だ。
「マンカスも、ミストのマジックをみにきたの?すごいのよ、このおはなもぜんぶ、ミストがだしたの!!!」
興奮気味に両手に花を抱える彼女を抱きしめて
「よかったな」
とマンカスは笑った。
午後の暖かい日差しと、マンカスの高い体温にシラバブがウトウトとし始めた頃、ようやく僕は口を開いた。
「………ねぇ」
僕がこれから聞くことを知っているかのように、マンカスは答えた。
「今日は、見逃してやってくれ…」
彼の腕の中のシラバブが、幸せそうに寝返りを打った。
…見逃す?…何を?誰を?
「………なんなの、アレ」
「…今日は、特別なんだ」
そう言って、マンカスは首輪に触れた。

なんとなく、あぁ、そんなことか。と思った。

「………僕には、良く分からないな」
僕は、首輪をしたことが無かったから。
「明日になれば、いつものあいつになるさ」
「…ふぅん」
興味ないな、そういうの。といえば
…そうか。と、マンカスは自分の首輪から手を離した。
そう言われてみれば、あいつの首輪とデザインが似ているな。と思ったけれど、聞かなかった。
そんな、無粋なことは面倒だからするつもりはないんだ。
そんな話をしているうちに、空には星が輝いて、月が僕達を嗤って見下ろした。
陽の落ちた夜は、酷く寒い。
日付も変わる頃、身を寄せ合うように歩く僕とマンカスと抱かれたシラバブが長い散歩から帰って来た頃。


「よぉ。今、帰りか?」
話しかけられたその声に、緊張して背中がゾワリとした。
尻尾が、膨らむ。
そんな僕の背中を左手で一撫でして
「あぁ。少し遠くに行き過ぎたんだ」
と、声の主にマンカスは穏やかに答えた。
そうして、小さな声で
「(大丈夫だよ)」
と呟いた。
その声に励まされるように、下を向いていた瞳を前に向ければ………

「………何。君、馬鹿なの??」

この寒い夜に、水溜りに浸かって水浴びする猫がニヤリと嗤った。
「寒い夜だからこそ、水浴びだっての!」
そう笑う彼は、いつもの彼だった。


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